――――自分が今 幸福かと自分の胸に問うて見れば――――――――――

         ――――とたんに幸福では なくなってしまう――――――――――

                                        『ミル伝』【J・S・ミル】










 * * *










うーん、まぁそんなことはないかな。





いや、ほら、誰でも自分の中に幸福の定義があるじゃない。

勿論、僕にだってちゃんとあるさ。

だから一概に幸福がスッカラカンと消える、ってことはない。

鬱状態もあるけど、それも一時のこと。

ずっとずっと人生お先真っ暗、っていうことはない。

つまり、改めて己が幸福かと問う、ってことはだ。

例えばレストランで、ある料理を美味しく食べていた時。

隣の奴がもっと美味しそうなものを食べていたとしたら。

あっ、あっちにしとけば良かったな。とか思う。

最初に食べていた料理だって、美味しくて、幸福感はあったのに。

それでもヨリ良いものを見つければ、何だか欲が満たされない気分になる。

そういうことでしょ。



あれ、違うの?





「ボーッとするな、このアホンダラ」


ズパン――ッ。 相変わらず、気持ちの良い音だ。

頭のテッペンを叩いた、丸まられた書類の束。

その衝撃でガンッ、と机に額を打った。意外に痛い。


「何すんですか 積分さーん」

「ちゃんと人の話を聞け、いつまでたってもアホ面見せやがって」


チッ、と舌打ちの音もちゃんと聞こえてますよ。

全く、容赦のカケラもないんだから。

絶対に積分は結婚なんて出来ないね。

顔立ちは良いけど、この性格には誰もついてこれないに決まってる。

それを言うなら、ここにいる全員がそうなのかもしれないけど。

…自分で言ってて、悲しくなってくるな。


「今回は珍しく全員に任務が回った、誰も油断するな。

 各自、ここと連絡だけは取れるように。以上、解散。」


積分のその一言で、この部屋にいた全員が散る。

僕は欠伸をしながらも、ちゃんと自分の任務を確認した。


(……あっ、お昼はトンカツがいいな)


頭の中は、すでに御飯のことしか考えてなかったけど。










 * * *





ほら、これが僕の幸せだ。

思い通りに行動し、思い通りの日々を送る。

思い通りの意味が分かるかな、それは気マグレということ。

運命、奇跡、良く考えてみればそういった言葉は胡散臭い。

だってさ、一歩引いて考えれば、当然のことじゃないか。

誰かと誰かが出会うのだって、彼らがこの世にいる現実のせい。

僕が今、この場所に立っているのだって、運命なんかじゃない。

僕が選択し、僕の力で辿り着いた場所だ。

そんな訳の分からないモノで縛られた、ものじゃない。


ん? 僕がこの世にいるということ自体が、奇跡なんじゃないかって?





まっさかー、そんな最高に馬鹿げたことこそ、奇跡でも有り得ないことだって。